ウチャオの夜
夏が去り秋が来た


小島令子

『あるくみるきく』218(1985年4月号)
近畿日本ツーリスト観光文化研究所 pp. 38-39




 音を捜しに、旅に出る。体験できるだろうか、音。つかむことができるだろうか、音。

 音を見つける。そして、その音の持ち主に出会う。音の持ち主を通し、その人とかかわり合う多くの人々を知る。多くの人々と、音を通して仲間になると、その人々が生きている世界が、少しずつ、見えてくる。

 音から人へ、人から仲間へ、さらに、その音や人々が存在している世界全体へと、スクリーンが広がっていく。広がったスクリーンの中で初めて生きた音をとらえることができる。

 音と人とのかかわり合いを知るために、そしてその音と人の属する世界を体得して真の音を得るために、音を求めて、旅に出る。



 カラーシャの音を追って旅に出た。カラーシャの生きた音をとらえたい。8月。晩夏。収穫の祭り、ウチャオをめざして1人で谷へ歩き始めた。

 ムンムレットの村に着いた日は、ちょうどラット・ナットの最中だった。ラット・ナットはウチャオの前に行なわれる夜踊りで、言わば前夜祭である。7月の中旬から約1ヵ月、毎晩太鼓が鳴り、踊りが続く。このラット・ナットが終わると、侍望のウチャオが行なわれるのだ。ウチャオはカラーシャの谷の果実、豆類の収穫を解禁するための祭りである。ウチャオが来ると秋になる。

 村が闇に包まれる頃、谷間にラッ・ナットの音と踊りが展開し始める。カラーシャの家の中で、窓越しに聞いている。これがカラーシャの音なのか。暗闇の中に規則正しい太鼓のリズムが風に乗って流れてきて、それは、まるではじめからそこにあった音のように自然で耳に心地良い。小さなかしいだテーブルに置かれたロウソクがゆらぐ。リズムの流れ。広場に向かって駆けて行く人の足音。踊りはもう始まっている。カラーシャの神々が谷間に堆まってくる、と人々は言う。

 村に入ったその日から、気がついたら音の渦の中にいた。



 音。川が水しぶきを上げて流れる音。泉の静かなさざめさは光の音。女達の声はなぜあんなにかん高いのだろう。そして、なぜあんな空に抜けるような音で笑うのだろう。女性の歩く音は重い服地のこすれる音。腰に揺れる細いくさりの束の音。髪飾りの鈴の音。男が大きな干し草の束を背負ってしっかりと歩いていく音。カサッ、カサッ。とうもろこしの緑の葉は光を受けて透き通る。時折風に括れ、サラサラと、音の波。そして、その音の波間から、ふと現われる少女。

 谷を見わたす高台まで登る。どんな音が見えるだろうか。川の音はもうここまでとどかない。人の気配も木々のしげみの間に消える。カラーシャの家が山の斜面にはりつくように散在する。速く広がる黄緑のとうもろし畑。なんと立派なくるみの木。松の木は背が高い。風の音は澄みきった空の中にすい込まれる。荒れた岩肌の山はいつから動かないでいるのだろう。静止した光。音のない音。



 毎朝、「ウチャオはいつ?」と誰かが話している。ウチャオの日取りは、日の出の方向によって決められる習いだという。しかし、このところ毎朝山に雲がかかり日の出が見えないためにいつになるのかわからない。誰もがウチャオを待ちかねている。

 ついに、「暦の番人」からウチャオを知らせる触れが出た。触れが出た日、男達は山の放牧場へチーズを作りに出かけた。翌口の夕方、チーズを村に持ち帰ると、マハンデオの神殿で儀礼が行なわれることになる。

 男達だけが儀礼を行なっている間、三々五々と連れだって女、子供達が、昨日までラット・ナットが行なわれていた村はずれの広場に集まる。2人の少年が太鼓をかついで駆けてくる。無造作に運んでいるのか、バチをカチャカチャ鳴らし、背中の上で太鼓がはずむ。儀礼が終わったのだろう、男達がぞろぞろ歩いてきた。急に、にぎやかになる。突然、歯切れの良い太鼓の連打。バチを片手に筒型の太鼓ダオと細腰鼓ワッチ。2つの太鼓のリズムの流れ。何百人、人が集まったのか、連日連夜行なわれたラット・ナットに比べて迫力がちがう。ダオとワッチ奏者、そして朗唱をする人々の作る小さな円陣の周りを女達が土ぼこりを上げてクルクル廻り出す。誘うように肩をたたかれ、踊りの仲間に入り、歌の一員に加わる。



 カラーシャの3つの踊り、チャー、ドゥーシャック、ダジャイーラックは、それぞれ太鼓のリズム・朗唱・歌・踊りの4つの要素を含んでいる。音楽的には、規則正しいリズムの流れ、自由にふしまわしをつけて朗唱される〃伍、そしてハーモニーとして聞こえてくる女性達の歌の三部分から成る。

 チャーは、速い3分割されたリズムを太鼓が永遠に続くかと思われるように刻み、ドゥーシャックは、チャーと全く同じリズムを打ち寄せては引いて行く波のように、周期的に演奏する。そして、ダジャイーラックは、ゆっくりした3拍子に、時々不意に変拍子が加わる。白分の声を聞かせようと、朗唱者は競って主導者になろうとする。特にダジャイーラックの朗唱は印象約だ。物悲しい旋律を考えこむように歌う。カラーシャの音楽を聞いた外の人人が口々に、「グレゴリオ聖歌のようだ」と、なぜ形容したかがわかる。1人の朗唱者が旋律を歌い終わると、残りの人々が全員で同じ旋律を繰り返す。

 それが時々西洋の中世の人々が最も安定して美しいと考えた平行五度の音程で響いてくる。この歌い方、音の響き、そして厳かな零囲気が中世の教会音楽を連想させるのだろう。でも、これはカラーシャの音。



 女性達の歌声は何と不思議なのだろう。あれは歌というより、単なる音の重なりと言った方が適当だ。それは、たった2つの音、しかも、ミ・ファのような半音を構成する2つの音を断片的に歌うにすぎないのに、なぜ、あんなに、みんなそれぞれちがった高さの音を出せるのだろう。みんな、勝手な時に、勝手な高さの半音を歌う。そして、それらが重なりあって、響きになり、聞こえたかと思うと、響きの余韻だけが残り消えてしまう。今まで、このような響きの渦に包まれたことがあっただろうか。カラーシャをとりまくイスラム教の音とは全く異なる響きの世界。

 ウチャオの晩、月はなかなか界ってこない。暗闇の中に土ぼこりが舞い、たばこの煙と熱気が充満する。その中を、黒い服を着た女達が肩を組んでくるくる踊る。裾の長い重たそうな服がなめらかな足の運びにつれて揺れる。太鼓のリズムはまるでとぎれることを知らないようだ。リズム、メロディー、ハーモニー、すべてが夜のとばりに閉ざされた山々にはね返り、谷全体が一つの音となり、一つの音の小宇宙となる。

 やっと下弦の月が昇る。人々はシルエットとなり、山を背景に闇に浮かびあがる。明け方まで、カラーシャの音の小宇宙は、そこに集まった神々とともに協和する。

「終わり」は全く突然に来る。朝陽が谷間に射し染める頃、太鼓のリズムが止む。祭りの終わり。そして、何事もなかったかのように、いつものカラーシャの1日が始まる。あの、音の響きは、今、注ぎあふれる光の中に消え果て、耳の奥に残っていた太鼓の音も、もう聞こえない。山は初秋の新しい光を浴びて鎮まる。



 カラーシャの音。カラーシャと体験した音。踊りの仲間。歌の仲間と一緒にリズムを体で感じた。音の一部となることによって音響が体を包みこんだ。カラーシャの中に秘められた音と踊りのエネルギー。それはラット・ナットで毎晩毎晩少しずつ大きくなり、ウチャオに注ぎ込まれて行った。そしてウチャオに流れ込んだその音と踊りのエネルギーとをすべて使い果たした後、カラーシャの谷には忙しい収穫の時期が来る。夏から秋へと、季節も移行する。太鼓は、もう春までリズムを刻むことはない。

「一睡もしないでよく踊り通したね」それが朝の挨拶。一緒に肩を組んで踊った仲間が背中をポンとたたいた。

 ウチャオの晩に仲良しになった少女におにごっこをせがまれる。彼女のお母さんは村一番の歌い手だ。朗唱者の円陣の中で腕を組み、片千を頬にあてながら日をつぶって朗唱していた……少女が石から石へぴょんぴょん長い服の裾をなびかせて駆け廻り、とうもろこし畑の中に消える。サワサワサワ。音の波。今度はこちらがせがんでみる。「ウチャオの歌をもう一度聞かせて」。畑の中から少女が言う。

「お母さーん、歌ってよ」。