私の1枚・3
春を待つカラーシャ族のガル遊び


丸山純

財団法人日本パキスタン協会『パーキスターン』
1988年12号(通巻105号)p1、p24


「ほら、ここだ。早く、早く!」。子供たちが大声で叫びながら、手招きする。膝までもぐる雪をかきわけてやってきたのは、村一番のロングヒッター、マチェーリック・シャーだ。ボールに触れないように、慎重にまわりの雪を踏みつけて、ちょうど小山のてっぺんにちょこんとボールが乗った状態にする。そして足場を固め、呼吸を整えて、フル・スイング。カキーンと金属音を残し、ボールは抜けるような青空めがけてぐんぐん飛んでいく。ナイスショット! 150メートルほど先の落下地点に、数人が走り寄るのが見える。

 1982年の暮れから翌年の5月中旬までの約5ヵ月間、私はムンムレット谷のカラーシャ族の村に滞在し、冬を越した。ちょうどこの冬は天候が不安定で、しばしば雪が降り、春はなかなかやってこなかった。狭い谷間に閉じ込められているという心理的な圧迫感で、誰の心も沈んでいた。

 そんなとき、わがブルーア村とボーダーポリス(国境警備隊)との間で恒例の「ガル」の試合をすることになり、村はひさしぶりに興奮につつまれた。ガルは、カラーシャの男たちが雪の上で楽しむスポーツで、まさにゴルフのボールとクラブに大きさも形もそっくりな道具を使っておこなわれる。

 競技場となるのは、べったりと雪が積もった谷底の畑である。1キロほどの間隔をおいてスタート地点と祈り返し地点が設けられ、両軍の選手がクラブを手に、てんでに散らばる。人数は何人でもよい。そして同時にスタート地点から打ち出したボールを、各チームが次々にリレー式に打ってつないでいき、祈り返して再びスタート地点に戻ってくる。先に戻ってくると1点になり、どちらかが12点取ると、勝ちが決まる。

 当日は朝からよく晴れあがった絶好のガル日和で、昼近くから試合が始まった。女たちも日向に陣取って声援を送っている。この10年間負け知らずのブルーアに一泡ふかせようと、相手方には15人も助っ人が入っていたが、ほとんどクラプを握ったことのないこれらのムスリムと、子供の頃からガルに親しんでいるカラーシャとでは、実力に雲泥の開きがある。150メートルは飛ばす力をもったロングヒッターを要所に配した作戦がうまく当たって、結局、12対4でブルーアの圧勝に終わり、賭けてあったヤギ1頭をまんまとボーダーポリスからせしめることができた。大汗をかき、雪まみれになって走りまわったせいで、沈殿していた冬の重苦しさが、誰の顔からも消えていた。

【写真キャプション】 雪上でおこなうカラーシャ族のスポーツ・「ガル」