世界の結婚式
パキスタン・カラーシャ族


文・写真 丸山純

ブライダルエクセレント『DE-Iのヒロバ』
1994新春号 p.4




女神に生け贄を捧げ、徹夜で踊り明かす披露宴

 パキスタン北部の山岳地帯に暮らすカラーシャ族は、人口わずか2000人ほどの少数民族。イスラム教が支配するこの地域にあって、彼らだけが伝統的な多神教を信仰しているため、「異教徒」と呼ばれています。風習や衣食住なども周辺地域とはまったく異なった独特のもので、とくに黒い貫頭衣を着て、宝貝をびっしりと縫い込んだ帽子とヘアバンドをかぶる女性の民族衣装は、世界のどこを探しても例がありません。

 カラーシャ族の結婚式は、山奥の放牧場に雪が降ってヤギやヒツジなどの家畜が村に戻り、トウモロコシの収穫が終わった、秋の終わりに実施されます。宴を催すのは花嫁の側で、まず初日の夕方、他の村に嫁いでいる一族の女性たちをすべて実家に招きます。それから新郎の家族をはじめ、各村から長老や実力者、さらには見物人たちが集まったところで、とっておきのチーズやワインをふるまい、そのあと、出産や子育てをつかさどる女神ジェシュタクの神殿で、ヤギを何頭も生け贄に捧げて、若いふたりの幸せを願います。

 夜も更けてくると、歌と踊りが始まります。長老たちが歌うのは、まるで御詠歌のような荘重な旋律。披露宴を主催した一族の過去の栄光を、次々と歌いあげていきます。カラーシャ族は文字を持たないため、こうして歌で歴史を伝えていくのです。いっぽう若者たちは、町で流行している音楽などを笛や太鼓で演奏して、どんちゃん騒ぎを繰り広げます。

 朝まで徹夜で歌い、踊りつづけたあと、女神に捧げた肉を招待客も野次馬もみんなで会食します。次々に男たちが立って、花嫁の父を讃える演説をし、それから家畜小屋で、持参金代わりのプレゼントとして仔ヤギが何頭か花嫁に贈られます。

 やがて、つい最近まで一緒に遊びまわっていた仲良しの娘たちが歌う「花嫁を送る歌」が始まると、着飾った花嫁を中心とする一団は、たくさんのお土産をかかえて夫の村へと帰っていき、披露宴は幕を閉じます。